14〜魔女と翁

(さっきのは……私──といったい……)
夢の中の事なのだから想像の産物かもしれないのに、何故かマリエルは引っかかってしょうがなかった。自分の事を良く知っているような存在は一人しかいない。その一人ももうこの世には存在しないのだが。
マリエルは溜め息を一つ漏らすとそっと両手を机に置き、何か思い立ったように顔を上げた。それから一呼吸置いて、髪を掻き毟る。
(まあいいわ。それより時が満ちるまで何しようかしら──今日は、そうね)
マリエルは適当にスケジュールを決めると、鳥の巣になった髪の毛を櫛で梳かし始める。窓の外を見やると、葉をかろうじて繋ぎとめている桜の木が寂しげに揺れていた。
じっと桜を見ながら、いつものように後ろ髪を左右に分けてねじって、崩れないようにピンで止める。それから根元をゴムで結わく。
慣れているのでここまで要するのに1分とかからなかった。
それから洗顔と歯磨きを終え部屋に戻ってきたマリエルは、急いで着替え始めた。行動を決めた以上、早くしたいのである。今日の服は袖口と襟元がフリルになっている白いブラウスに、真っ赤なスーツジャケット、そしてこれまた真っ赤なプリーツ・スカート。真っ赤な制服を採用しているどこぞの女子高生と言われれば、そう見えなくもないのかもしれない。
身支度を終えたマリエルは室内だというのに赤い皮靴を履くと、机の上から鍵を手に取り窓を開けた。そして片手をつきひょい、と飛び越えると、後ろ手で窓を閉めた。
外には1台のスクーターが停めてあった。これもマリエルらしく真っ赤である。マリエルはヘルメットをせずにスクーターにまたがると、鍵を差し込みエンジンをかけた。およそスクーターとは思えない程の爆音。
この瞬間がたまらないといったようにマリエルは瞳を輝かせる。そして、スクーターは市街地へ向け物凄いスピードで走り去っていった。オービスを恐れない180kmで。


「マリーや、ただいま。買ってきたよ<ういんぶるどんのばら>とやら」
翁が再びどたどたとマリエルの部屋へやって来たのは、マリエルが出発してから30分後の事だった。
「マリーや、いないのかい?」
走って買ってきたというのに、やはり息を切らさずに翁はログハウス中を探し回った。隅から隅まで、果ては屋根の上まで。
全てを確認し終えたところで翁は居間の椅子に腰を落ち着けた。ひどく寂しげな様子でしばし茫然と時間を過ごす。
やがて、ふと手に持っていた本に気づき、翁は何とはなしに買ってきたその本をぺらぺらとめくってみた。
「御嬢様いけません! あのようなどこの馬の骨とも知れぬ小市民などと御戯れになってはっ!!」
「でも風見、あの人はあなたよりテニスが上手くてよ?」
「あれはまぐれです! 今度やったら負けるわけがありませんっ!!」
「どうかしらね? あの人の<ラヴ・ユー・テンダー>があなたに破れるのかしら? あの人はテニスに、そして私の心に深くあの必殺技を打ち込んでくれたわ……」
「お、御嬢様──」
「私はね、強い男性が好きなの。風見、あなた次のあの方との試合で負けるようだったらクビよ。私としてはそれでも構わないのだけれども──」
「し、失礼しますっ!!」
「特訓でもするのかしら? ふふふ、無駄な努力ね……。ああ、愛しのあの方のお名前が分からないだなんて!」
と、呼び鈴が鳴らされた。
翁は慌てふためいて、本を閉じた。
「竹取さーん、書留ですよー。いらっしゃいませんかー?」
「はいはい、ただいま」
翁は普段の好々爺の表情で応対に出た。
「仲葉灰(なかば・はい)さんからですー」

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