12〜嘘憑きについて

匠が何とかユリエを桐崎の方へと返すと、匠自身も状況が楽しくなってきたようであった。俯きながら含み笑いを漏らす。
「あー面白い。いい、いいよこの子。いい壊れっぷりだ。桐崎、いい子だな」
「そうだろ? 自慢のメイドだ」
初めて、お互いが笑顔を交わす。ユリエはそんな二人を見て微笑ましく佇む。後藤と凪はその光景に唖然としていたのだが。
「先生が来られるまでもう少し時間がかかるみたいだ。それまでに状況を整理しておきたい」
場が落ち着きを取り戻したところで、そう切り出す桐崎。足を組み直してティーカップを静かに置く。
「あ、それでもう1つ紅茶が用意されてるのね」
凪が納得した様子で頷く。
「ああ、なるべく顔は合わせたくないんだけどな」
「まあそう言うな沖田」
「だってよー何もかもを見透かされんのヤなんだもんよー」
カップ半分残った紅茶になみなみとミルクを注ぎ、ぐるぐる、とかき回しながら匠。
「ね、どんな人なの?その先生って」
凪の質問に匠は呻きを上げて答えない。よほど気落ちしているらしかった。
それでは、と首を90度右に曲げると、桐崎は天井を仰ぐ仕草を見せてから答えた。
「世界の全てを知っている方、って言えばいいのかな」
「何かまた絶対的な人ね」
凪の感想に苦笑する桐崎。
「そうだね、うん。絶対に知らない事はないね。未来は不確定な事象だから除くが、それ以外の全ての事象は確実に知っている」
桐崎はそこで切り、例えば、と両手で輪を作った。
「凪君、地球の一周の距離は知っているかい?」
その質問を受けて凪は桐崎の手の輪を見つめる。
「4万kmでしたっけ?」
「正解だ――一般的にはね。ところが先生は正確な数値を御存知なんだ。それもミリ単位で」
「他にも円周率の終わりの数値が何なのか知ってる、とかな」
匠が補足をする。
「それって証明できるの?誰も分かり得ない事じゃないの。第一、円周率って終わりないじゃん」
常識が通用しない事は分かってはいるのだが、どうしても常識に照らし合わしてしまうのは凪にとっては仕方ない事だった。しかし、凪は持ち合わせの知識で覆せるような理屈は作れなかったし、作れたとしてもそれ以上の真理が存在しているのはもはや明白である。ならば、この町の真理を教えて貰おうではないか、と凪は考える。
「さあ、今度はどんな説明をしてくれるの?」
「説明って言ってもなー。実際誰も分からない事だし。もうすぐ来るんだから待ってろよ。会えば嫌でも俺達が言っていた意味が分かる」
匠はそう言うとティーカップを差し出し、おかわりを要求した。またいつの間にか匠の背後にいたユリエが、上品な仕草で紅茶を注ぐ。その音だけが部屋を一瞬、支配する。
「沖田」
ユリエが下がったところで桐崎が声を掛ける。
「あ?」
「気象観測所が何物かに襲撃された――2日前の事だ」
「へえ・・・」
さして興味も無い様子で匠が相槌を打つ。桐崎もその辺りは気にせず、話を続ける。
「観測所は全壊、死者行方不明者数は23人。まあそんな事は些事に過ぎないんだが――」
淡々と状況を説明する桐崎。その表情は冷たくも温かくもない。彼にとって本当に些事のようである。
それでいいのか――どうかは凪には分からなかった。善悪の判断はこの場合さして重要ではない。凪にとって人の生死を軽く扱うような発言が引っかかったわけだが、自分だってその事について涙を流す事もないのだから、桐崎についてどうこう言える筋合いはなかった。結局は他人事なのだ。
凪がそんな思考の寄り道をしている間も、桐崎の話は続いていく。
「問題は気象観測所が狙われた理由だ。あそこは――この際貴様にも言っておくが、母胎門の地下2000メートルにある<星の子>の動向を観測する為にある機関だ。あそこが襲撃されたという事は、つまり星の子の動向に何らかの変化があったのだとわたしは考える。犯人はおそらく魔女マリエルだろう。観測所を破壊したのは星の子が目覚める正確な時間を分からなくする為――どうだ?」
桐崎の問いに匠はああ、と曖昧な返事をする。
「だいたい合ってんじゃねえの?俺も今の推測に疑問を挟むトコはないな」
「そうか、じゃあ異論が無いという事で、先生に入って頂こう」
どこで先生とやらが到着した事を知ったのか、あるいは最初から既に到着していて、匠と先に会話をしておきたかったのか、それは凪には分からなかったが、ともあれその先生はもう来ているらしかった。
桐崎がユリエに手で合図を送ると、ユリエは返事をして再び部屋を出て行った。
紬町は変わった町だ、程度では形容出来ない場所である。そこに1番に適応している感のある匠は、どんな物事にも動じないイメージが凪にはあった。だが隣の匠は今、しきりに溜め息をついている。
「匠でも気落ちする、なんて事あるんだ」
話しかけても何の反応もない匠を見ながら、凪はやっぱこいつは分からん、と思った。

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