11〜ユリエの魔力

「おーこわ、俺はまだ子供だから分かんない事情がいっぱいだ」
匠が天井を仰ぐ仕草を大仰な手振りで示すと、桐崎は髪を手で梳きながら嘆息を漏らした。
「凪君、君にはちゃんと説明をしなければならないね。確かに雪君は私が連れてきた。だが、それも仕方の無い事なんだ。私と雪君は婚約しているのだから」
「・・・ええええっ!?」
桐崎の顔を思い切り指差して、凪が顔を丸くする。理解が出来ない、といった表情であさっての方向へ顔を向け、戻してみる。
「本当だ」
と言ったのは匠だった。
「君に報告が行ってない事は謝罪する。だがしかしこれも仕様の無い事、例え肉親でも紬町の事を教えるわけにはいかなかったんだ」
「そ、そうなんですか・・・。良かった、無理矢理誘拐されたのかと思っていたから、私・・・。早とちりでしたね」
何故涙が出てくるのか、自分自身驚いて凪は急いで拭った。そして気づく。これが安堵と祝福、そしてそれに負けないくらい強い大きさで、徒労感があったと。
「私はね」
凪の涙を止めるかのように桐崎が口を開いた。
「人の起こす行動は全て、無駄なものなんかないと思っているんだ」
桐崎が微笑む。後ろの後藤とユリエも、笑顔を凪に向けた。
「雪君も会いたがっていると思う。君の目的は変わってしまったかもしれないが、祝福してやって欲しい。・・・私の事も、ね」
と、桐崎が軽く右手を挙げた。すると、後ろのユリエがいつの間にか4人分のティーカップ、ポット、砂糖、ミルク、そしていっぱいの洋菓子が盛られた皿を乗せた、自分の上半身以上の盆を持っていた。
それらを匠、凪、桐崎、桐崎の隣へと順に配置していく。匠と凪には、語りかけるような笑顔での会釈つきだった。
「さて、今までの話を踏まえた上で本題に入るとしようか。紅茶でも飲みながらね」
どうぞ、と手で示して自分も紅茶を口にする桐崎。
凪もそれに習って手に取る。強い茶葉の香りは今までの緊張をゆっくりと解いてくれるかのようだった。
「ユリエの煎れた紅茶はおいしいだろう?」
「とっても」
「さっきはユリエを助けてくれたそうだね。ありがとう」
「いえ、当たり前の事ですよ」
「俺には礼はナシか?桐崎君よー」
「ああ、そうだったな。感謝状でも今度贈らせてもらうよ」
匠に今日初めての笑顔を向けて桐崎が言うと、再び匠がじんべえに手を入れた。
「あんたほんっとガキね! ちょっとは大人しくしてなさい!」
凪は止めても無駄だと思いつつ、それでも保護者のような気持ちで匠を嗜めたが、やはり無駄らしい。
敵意を剥き出しにする匠。
凪が駄目かと思っていると、意外な所から助け舟が現れた。
「匠様」
ユリエがいつの間にか匠の横に立っていた。紅茶を出し終えたときは桐崎の後ろに戻っていた筈なのだが。
「私、とっても感謝――っと何でしたっけ?」
感謝の台詞を疑問符で閉じるのは世界広しといえどもこの子だけだろうな、と凪は思った。そのユリエは喋る内容どころか、自分が今どうして匠の横に立っているのかさえ分かっていない様子である。
「あ、ああ。ありがとう」
狼狽する匠に、ユリエはまた首を傾げた。
「何がありがとう、ですか? あれ。何で私、あれれ?」
「とりあえず、あんたの居場所はあっちだ・・・」
匠でさえも飲まれてしまうユリエのペースに、いつもは止める桐崎だが今回ばかりは笑顔で見守っていた。

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