10〜支配者達の対話(その2)

椅子を倒しながら立ち上がり、じんべえから2つのペーパーナイフを逆手で取り出す匠。
桐崎も小型の折りたたみ式ナイフ――肥後守を素早く取り出す。カチッと音がして、刃が飛び出した。
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないんじゃないの!?」
慌てて匠の袖を引っ張る凪に、匠は邪魔だ、とばかりに手を振り払う。聞く耳持たず、どうする事も出来ずに二人を見比べる凪。それは後藤もユリエも同じだったようで、不安げな眼差しを桐崎に送る事しか出来ないようである。
「君の言う通りだね、春日――凪君」
凪の言葉を聞き入れたのは桐崎の方だった。ナイフを折りたたむと、桐崎は凪に向かって優しく微笑みかけ、両手を広げた。すると、手品だろうか肥後守は手の中にはなかった。
「もっともだ、こんな事をしてる場合じゃなかったね。すまない」
そう言って桐崎は凪に席に着くように促すと、自分も反対側の椅子を引き寄せた。
仕草の1つ1つが優雅で素敵だ、と凪は思わず見とれる。先程の冷酷な瞳もこの男の一面ではあるが、今の柔和で優雅な振る舞いもまた、確かな一面であるのだろう。
「お互い名前を知っているから、自己紹介というのも可笑しな話かもしれないが、一応言わせて欲しい」
匠の方を横目で見る桐崎。匠もペーパーナイフは既にしまっており、背もたれを前にして腕に突っ伏す形で、つまらなそうに耳を傾けていた。
「初めまして。私は桐崎家当主、桐崎若」
凪に向かって優しい口調を投げ掛ける桐崎。その笑顔に翻弄されたらしい凪は慌てふためきながら姿勢を正した。
「は、はい! 私は、えと、春日凪です!」
結構、と桐崎は首肯する。
「申し訳なかったね、昨日は君を追い掛け回したりしてしまって。――怖かったろう?」
「あ、いえ別の意味で怖かったっていうかキモかったっていうか」
後藤を<笑顔>で見やる凪。後藤もそれに歯茎が見える程の笑顔で親指を突き返す。
後で匠に絶対シバいてもらおう、と凪は思った。
「君も分かってるとは思うが、この町は外からの来訪者を良しとしない。なんせこんな町だからね。だからこの町の人間が外の世界に出る事もまた禁じている。中と外の個人同士が交流を持つ事は基本的に無い。物資においてのみそれは許されている」
さて、と桐崎は一呼吸置く。
「凪君、君はその物資搬入ルートから上手く進入したみたいだが――それは何処で知ったんだい? 別にそれで君をどうこうしようというつもりは無いから教えてくれないか?」
桐崎の目が一瞬すう、と細まる。が、次の瞬間には元の優しい顔に戻っていた。凪はそれには気づかなかった。笑顔に対して純真無垢な子供のように答える。
「えと、おじいちゃんから聞いたんです」
「なるほどね。どうしてあのルートを知っていたのかは知らないが、まあいいだろう。君が雪君を思う気持ちがとても大きいのは良く分かるからね。侵入なんてなかなか出来るものじゃない。相当の覚悟が必要だ。家族を思いやる気持ちは何物にも代え難いからね。君の事については不問としよう」
「――はっ、随分と面白いキャラ作りだな、桐崎」
突然、沈黙を貫いていた匠が桐崎を、この場を鼻で笑い飛ばした。桐崎を指差し続ける。
「なあ凪、こいつが雪さんをこの町に連れてきた張本人なんだぜ?」
「え・・・?」
「それは本当の事だが沖田、物事は正確に伝えるべきだな」

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