9〜支配者達の対話 (その1)

「沖田匠様と」
またそこで言葉を切るメイド。何故か呼吸が少し乱れるのを、顔をしかめて我慢する。
「春日凪様ですね?」
また言葉を切る。今度は深呼吸。
「ユリエと申します」
いよいよ激しく咳き込むメイド、ユリエ。
「ちょ、大丈夫あなた!?」
凪と匠が駆け寄るのを手で制しながら、ユリエは無言で何度も頷く。
「ほら、具合悪いんだったら無理しなくていいから! 匠、桐崎さんだっけ?その人の所に連れてってあげよ!」
ユリエの肩を抱きながら匠に促すと、匠は「分かった」とユリエを負ぶさった。
「違うんです・・・」
負ぶられながら終始その一言を繰り返すユリエに凪は優しく語り掛けながら、屋敷へと入る。
やがて諦めて匠の背中に甘える事にしたユリエは、指で示しながら本来の仕事であろう案内役をこなした。
玄関ロビー、応接室を抜けた所で、ユリエが小さな声を出す。
「ん?」
凪が聞き返すと、ユリエは2つあるドアの一方を指し示して、そこです、と言った。
案内された部屋は食堂のような会議室のような部屋だった。どっちだろうと凪が思ったのは、部屋の中央に置かれた長テーブルのせいだった。屋敷ならこのような場所で食事をするんじゃないかと思ったし、そうでなければ会議室にくらいしかないテーブルだと思ったからである。
ようやく呼吸が整ったユリエを降ろすと、ユリエは二人に会釈して、「お待ち下さい」とだけ言い残して別のドアから出ていった。この屋敷の主、桐崎を呼びに行ったのだろう。
「大丈夫かなあ、あの子」
「ん? ああ大丈夫だろ。あれは無理をし過ぎただけだ」
二人して手近な椅子を引き寄せて、座る。
「どーゆー事? やっぱ具合悪かったんじゃない?」
「いや、あの喋り方からすると、別に具合が悪い訳じゃないと思う。俺達の前で失態は見せられないとあの子なりに頑張ったんだろ」
「つまり?」
「一度に多くの言葉を喋れない。多言障害、とでも言うのかな」
頬杖を突く匠の横で、姿勢を正したままユリエの消えた方を見やり、凪は何度も頷く。
そこで丁度そのドアがまた開いた。入ってきたのは黒のスーツ姿の長身の男。後ろに後藤、ユリエと続く。
この男が勿論桐崎なのだろう。
凪は自分を捕まえようとした男の顔を凝視した。恐ろしく冷たい印象を受ける。何事にも冷静で冷徹で、行動に矛盾もためらいもなく、その一言は何よりも絶対で重い。
それはそう、支配者の威厳と風格である。
絶対、という言葉を使った所で凪は絶対基準隣人を思い出したが、すぐに頭から追い出した。絶対という言葉は2つは存在し得ないものだが、そう感じてしまったのだから仕方ない。
匠を見ると、相変わらず人を小馬鹿にした様子で頬杖を突いたままである。
こいつがこの桐崎と肩を並べてるなんて、と凪は溜め息の1つもつきたいところだった。だが純粋に力だけで言えば確かにそうなのであった。
「よう、久しぶり無能支配者」
軽く手を上げて皮肉を交えた挨拶をする匠。まるで旧知の仲といった雰囲気で言ってしまうのが匠らしいが、桐崎も負けてはいなかった。
「ああ。相変わらず下らない毎日を送っているようで何よりだ」
途端に部屋の空気が変わる。それは凪にでもはっきりと分かる程に露骨なものだった。
「てめえ」

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