8〜桐崎邸邸内へ

紬町の中心、時計塔周辺は商業区である。町の中でも5、6階と割と高めなビル群が席巻しており、時計塔のある公園を守るかのようにドーナツ状に広がっている。
そしてその更に周りを住宅街が取り囲んでいるといった様相は、世界のどの町ともなんら変わりはなく、何か一つの物を中心に形成されている事を容易に想起できた。
紬町の場合は勿論時計塔である。
さて、時計塔を中心にして南の沖田匠の家とは真逆の、北の山べりに桐崎邸は存在する。偶然にも北と南で離れているのは、睨み合いを続ける国と国のようではあったが、治外法権を持つ二人の事、そのおかげで均衡が保たれているのは確かだった。
そのバランスが、今崩れ始めている。それが魔女マリエルの出現である。彼女が何を考えて行動しているのかは誰も知るところではなかったが、紬町のパワーバランスが崩れてきている事だけは確かであると言えた。
今回匠は初めて桐崎邸へと足を踏み入れる事になるのだが、それも紬町を憂いての結果である。
さて。
「金の無駄遣いだな、こんな家・・・」
桐崎邸を前に最初に匠が漏らした言葉に、凪はそうだね、と相槌を打つ。凪としてはこんな視界に収まりきらないような豪邸に住んでみたいもんだ、と思ったのだったが。
仰々しい鉄柵の扉の横にあるインターホンを押し、数秒待つと女性が応答した。
「はいー。どちら様です?」
「沖田様でーす」
匠は軽い感じで受け答えすると、次の応答を待たずに扉を蹴破った。
横に開くタイプの扉が前に開く。否、倒れる。耳をつんざく轟音が砂埃と共に舞い上がる。
「さ、行くぞ」
「今の応対意味あったの・・・?」
「人んちに来たらまず挨拶だ」
倒れた鉄扉を踏みつけ乗り越え、匠は勝手に敷地内を進んでいく。凪も匠が壊した鉄扉を何度も振り返りながらも、遅れないように小走りで巧みの後をついていった。
「あ、かわいいー」
石畳をしばらく進むと、道の両側に百合の花園が広がる。その入り口にはこれもまた百合を植えつけたアーチがあり、訪れた者を歓迎しているかのようである。
「入り口の中にまた入り口かよ。かー、けったいなこって」
「何よ、とってもステキじゃん。こんなのテレビでしか見た事ないよ。ああ、私こんなお屋敷に招待されたの初めて!」
誇張なしに視界一面が百合の花という光景に、乙女心でも刺激されたのか色々なポージングを繰り返す凪。
「お前なあ、そんなもんは富良野のラベンダーでいいじゃねーか。知ってんだぞ、俺だって」
以外に外の事情に詳しい匠。
「ねね、見て女豹ー」
「それは間違いなく誤爆だ」
可憐な百合の花の中で何故か四つん這いのポーズを取る凪に、冷たい目線で匠は答えた。
百合の花園を抜けると、ようやく屋敷が二人の前に姿を現した。ここまでどのくらい歩いただろうか。1時間は下らないだろう。
匠はいい加減に腹が立ってきているのか、この辺りまで来ると口数はほとんどなくなっていた。凪はというと、そんな匠にはお構いなしに道中ステキ、カワイイを連呼していてとても楽しげであった。
屋敷の入り口には、一人の女性が立っていた。服装から見てメイド、といったところだろうか。そのメイドが二人に会釈をする。
「ようこそ」
メイドはそこで一旦言葉を切り、顔を上げてから続けた。
「いらっしゃいました」

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