7〜異例の招待

匠の提案に、背もたれにだらしなく寄りかかりながら頷く凪。そのまま顔を上に向ける。
壁と同じ綺麗な木目の天井――は、映らなかった。代わりに顔から数センチの所に、バスケットボール大の<丸>に目と鼻と口がついたモノがそこにいた。
「おはよう凪ちゃん」
その野太い声に、凪はやぶ蚊が大量にいる雑木林に入れられたかのような嫌悪感を覚えた。そしてすぐさま口に手を当てると、一目散にトイレへと駆け込んでいった。
「どうした? 食いすぎたのか?」
「食いすぎもあるかもしれねーけど、後藤、お前のせいだなありゃ」
匠はいたって冷静に答えた。
「失礼なガキだな・・・」
トイレの方を見ながら、しかしそれ以上は追及せずに後藤は凪の座っていた椅子を引き寄せ座った。
「改めておはよう、沖田」
「お前、俺の家の近くじゃないとタメ口なのな」
「ははは、ここは貴様の治外法権下ではないからな」
「それならそれで次来たらどうなるか分かってんだろうな」
「・・・まあそんな話はさておき、だ」
強い口調で後藤が話題を変える。
「今日、貴様時間あるか?」
「ない」
即答するのに1秒とかからない匠に、後藤は毎回の事、歯を軋ませながらもしかし抑えてゆっくりと深呼吸をした。
「若様が――」
「いやだからないってば」
「ええいうるさいっ!! いいから桐崎邸に来んか!」
言った後で怒らせてしまったか、と目と口を大きく開けて止まる後藤。
しかし、匠は思ったより興味を惹かれたらしかった。少し顔を後藤の方に向けて、続けろ、と促す。
「あ、ああ。実は若様、母胎門での魔女マリエルの一件があってから、危機感をいっそう強めてな・・・。欠落巫女がさらわれた今、あの門が開くのも時間の問題だ。そこで次善策を考えたいとの事。貴様とは一時休戦協定を結びたいそうだ」
「なるほどなるほど、あいつ親父には遠く及ばねえと思ってたが、まあ無能じゃなかったか。でもな、今から俺達はマリーを探しに行かなきゃならねーんだ。そっちも面白そうだけど悪いな、また今度な」
手を軽く振って後藤の申し出を断る匠。後藤はしかしひき下がろうとはせず、頭をテーブルにごん、とぶつけて頼み込んだ。
「お願いだ! 貴様と若様が組めば絶対マリエルには負けないんだ! 万が一にもマリエルに負けるわけにはいかんのだ!」
「おいおい、俺が負けるってのか?倒してやるって言ってんだ俺は」
「だがマリエルの居場所は分かってないんだろう?」
「ああ。でも適当に探すさ。俺の勘は結構当たるんだ」
匠は自信に満ち溢れた表情で口の端を吊り上げた。
「貴様の自信は裏づけされたものはないが、本物なのは分かる、認めよう。治外法権を持っているだけの力が貴様にはある。けれど、マリエルを探すのなら貴様の当たるだろう勘に頼るよりも手っ取り早い方法がある」
そこまで聞いて匠は察する所があったらしく、露骨に嫌な顔を後藤に向けた。
「もしかして・・・」
「ああ、先生が珍しく来て下さるそうだ。先生もこの町の行く末を憂いておられるのだろう」
「くっそー<嘘憑き>が来るのかー。尚更行きたくねえわ」
「貴様も出席、と言っておいた」
「あああ!てめえ余計な事をっ!」
頭を抱える匠。桐崎の名前を出しても動かなかった匠が、先生<嘘憑き>の名前に困惑している。
匠と先生の間にどういう経緯があったのか、後藤は興味があるところではあったが、それはとりあえず頭の片隅に追いやる。とにかく初めて見つけた匠の弱点、この事を利用しない手はないな、と後藤は言葉を続ける。
「そうだ、先生から言づてを賜ってるんだった」
それは嘘なのだが、後藤は仕事半分、面白半分で嘘を続ける。
「来ないと言ったら後でどうなるか、と言っておられた」
至極真面目な顔で、不自然を悟られぬように後藤は言葉を選んだ。おそらく、ここまで来たら沖田匠は首を縦に振るだろう。
「分かった、行くよ・・・」
「そうか、では準備が出来次第すぐに桐崎邸へ来てくれ! じゃあ、確かに伝えたからな!!」
うなだれる匠をよそに、後藤はそそくさと席を立った。これ以上は手負いの虎を相手にするようなものだ、と認識したからである。
念願の一勝を手に入れた後藤は意気揚々と店を後にする。
1人残された匠は凪が戻ってくるまで、頬をテーブルに押し付け手を無気力に床に垂らしていた。
勿論、戻ってきた凪が後藤に負かされたかのような構図を見て首を傾げたのは、言うまでもない。

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