6〜二人で朝食を

パンの焼成の香りが漂ってくると、今まで何処かへ行っていた腹の虫が思い出したように帰って来る。何にせよ、食欲が出るという事は悪い事ではない。
凪はたった今出来上がったばかりのパンをトレイに移していく。バタール、バケット、パリジャン、フィセル。
レジで温かいミルクティーを注文し、会計を済ませてテーブルに向かう。テーブルには先に注文を終えた匠が待っていた。
相変わらずのじんべえ姿。凪は一瞬ためらうが、店内をぐるりと見回した後あきらめた顔を見せて席に着いた。
「お待たせー。何、コーヒー1杯でいいの?少食ねー」
「ああ・・・お前に比べられたら誰だって少食になるわな・・・。お前、それはお持ち帰り用のパンだろ・・・」
「どこがよ。パンは焼き立てじゃないと不味いじゃないの」
凪は匠の冷ややかな視線に臆す事なく、バタールをまるかじりした。ばりっ、という音が響き、店内の視線は一斉に凪に集中する。
「な、何よ、何なのよこいつらは。ええ、どうせ私はこの町の住人じゃないですよ」
「いや、そのせいじゃないと思うけどな・・・」
匠は凪の方を見ないようにしながらコーヒーを一口含んだ。
「そういえばさ、みんな起きるの早いよね。まだ4:30よ? 今日は例外の夜明けだってのにさ」
凪が店内を見ない様に見ながら疑問を口にする。それほど広くはない店内には、学生やサラリーマン、散歩途中で寄ったのか老人などでほぼ満席だった。そしてこのベーカリーカフェに来るまででも、多くの町の人達とすれ違っていた。それは凪の知る朝の風景とまったく同じ光景ではあったのだが。
凪の疑問に匠は軽く相槌を打つと、足を組み替え凪の方を軽く横目で見た。
「それはだ。またこいつかよ、って感じだけど絶対基準のせいだ。あいつが寝たらそこからが町としても朝なんだな。文字通りの絶対基準だな。いいとばっちりだよなーったく。学生は1時間目が朝の5:30から始まるんだから」
匠は昼飯にするのだろう、パンを袋に詰めてもらっている男子高校生を一瞥すると、まあ俺には関係ねー話だけどな、と付け加えて笑う。
「へー難儀な世界ねー。あ、絶対基準と言えばさ、私あいつに合格って言われたじゃん? あれってどういう意味なのかな?」
「ん?・・・って速ッ!!」
匠が視線を戻すと、凪は最後のフィセルをリスのように両手で口に運んでいた。
あまりに食べるのに一生懸命な姿に驚嘆しつつも、もしかして今の質問はどうでもいいのか、と思う匠だったが、コーヒーも飲み終えてしまい暇なので答える事にした。
「絶対基準の仕事は寝る事だからなー。基本的には暇人なんだ、あいつは。だから面白そうな奴って思われたんだろ? ちなみにおれも合格。嬉しくねーけど。ってかムカつくんだよ!」
逃げられた事を思い出したのか、匠が肘をテーブルに乱暴に置く。
「なんあああんぼうみあいなひゃうねー」
「食ってから言え」
「・・・っ、赤ん坊みたいな奴ねって言ったの」
綺麗に食べ終えて言い直してから、凪はミルクティーを口にした。満腹感とミルクティーの甘さに満足し、凪は顎を上げ目をつぶる。
匠はそんな凪と腕時計を交互に見比べた。時刻は4:40分。二人がテーブルに着いてからまだ10分しか経っていなかった。
「あーおなかいっぱい。ちょっと休憩ー」
「お、おう。休憩はした方がいい。それから、今後の事を話し合おう」

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