3〜絶対基準の面接

そうだねえ、と目のない男が顎に手をやった。そのまままるで覗き込むように凪に顔を近づけ、口元だけはにやにやと笑う。
「この町の夜は昏い。出歩いちゃいけないよー。なんせ危ないからねえ」
男は凪の頭に手を置くと、くしゃくしゃ、と撫でた。と、いきなり男の身体は電気ショックを受けたかのように大きく痙攣し、「ふぉおっ!?」と言って一歩後ずさった。凪も驚いて身体を竦ませる。
「あ、失礼。この町の人間以外がいるとは思ってなかったものでね。まあ許してくれたまえ。室内犬だと思ってたら野良犬だった勢いだ」
普段なら皮肉めいた発言に言葉を返す所だろうが、男の異様な雰囲気に飲まれてしまい、凪は動けないでいた。
男は一人頷くと、ゆっくりと凪に視線を戻した。
「ところで。君は何故、外に出ているのだい?」
思い出したように、さりげなく、何気なく男が言った。それはお互いが知り合いのような何気ない質問だった。勿論凪はこの男を知らないし、男も凪を知らない筈である。
とても、有り得ない会話。
答える義理なんて凪にはないのは事実である。しかし凪は答えなければ、と思った。目の前の男の、これが本題であり、答え如何によってはこの身が危ないと直感したからだった。
「お姉ちゃんを・・・助けに行くの」
嘘は言わない。言ってはいけない、これも直感だった。
「こんな夜遅くにかい。どうもいけないねえ。危なくて危なくてしょうがないんだよー?イルカだと思ってたらシャチだった勢いだ」
男はそう言って首を縦に振る。楔が首より大きく揺れるが、男は別段気にならない様子である。
「急がないと死んじゃうかもしれないんです!」
目を逸らしたいが逸らせない恐怖を噛み殺し、凪は半ば叫びつつ男を睨み返した。
「おっと、主語がないなあ。誰が死ぬんだい?もしかして自覚してるのかい?」
「私は死にません!」
「そうかな?半ばヤケになってるように見えるんだがねえー」
「そこまでにしとけよ、絶対基準」
男が凪を不躾に覗き込んだところで、匠が割って入った。そのまま凪を後ろに下げる。
「お前がどう動こうと勝手だけどな、ここは俺のフィールドだ」
顔と顔を数センチの所まで近づけ、匠と絶対基準隣人<ハーフグレイ>が対峙する。
「夜は僕であり、僕が夜だ。僕が眠りに就かない限り、月は沈まないし太陽は顔を出す事も叶わない。それが絶対なる基準、この世の真理、世界の方程式。がらくた、君も充分理解してる筈だろうが?」
「ああ、そんな事はな。でも俺のフィールドを汚すつもりなら、たとえ夜が来なくなろうともお前を潰す」
「この眼のようにかい?」
口の両端を裂ける程に吊り上がらせ、ハーフグレイが両手で自分の目の楔を指差す。そしてその指で楔をゆっくりと奥に押し込んでゆく。眼帯の下から、血が涙のように流れた。
「あははははふひゃひゃひゃひゃひゃヒヘヒヒヒ!」
楔を完全に眼の奥に押し込んで、ハーフグレイは快感を得たように笑い声をあげる。そして両手を離すと、楔がさなぎから羽化する蝶のようににゅる、と出てきた。
「さ、気は済んだか? <お隣さん>」
匠は全く動じずにハーフグレイを睨み続けていた。手にはいつの間にかヨーヨーが握り締められている。
「まったくーがらくた、君はいつも怖い怖い。バタリアンだと思っていたらバタリアン2だった勢いだ」
「2は怖くねえだろ・・・」
「まーとにかくだ。今日は手を引いてあげるよ。新しい出会いに免じてねー。ね、凪ちゃん?」
楔を片方だけ上下させるハーフグレイ。どうやらウインクのつもりらしい。
吐き気を催す程の嫌悪感に駆られながらも、しかし凪は別の事が気になった。
「どうして私の名前を・・・」
「知らないのかい? 君は有名なんだよーこの町じゃあねー」
と言いながらハーフグレイは今度はうやうやしく礼をしてみせる。
「凪ちゃんはとりあえずは合格だからねー。良かったねー」
「絶対基準っ!!」
匠が我慢しきれなくなってヨーヨーを振りかぶる。しかし、ヨーヨーが唸りを上げて届ききる前に、ハーフグレイは夜の闇に溶け込んで消えてしまった。
匠の舌打ちが夜の住宅街に大きく響いた。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送