2〜桜花落涙

宗治は立ち上がると、帽子を目深にかぶり直した。
「また来るから・・・すまない・・・すまない・・・」
懺悔の言葉だけが口から漏れる。
宗治は立ち去ろうとするが、切れかけのゼンマイのおもちゃのように、足が前へ進まなかった。
「すまない・・・すまない・・・!」
「ねえ、2人共何してんの?」
突然声が掛かり、宗治は金縛りが解けたかのように足を下ろして辺りを見回した。
少し離れた所に1人の少年が立っていた。10歳前後だろうか。
「坊や、いつからそこに・・・?」
「さっきからいたよ、おじちゃん?」
少年は以外だ、と言わんばかりに目を丸めた。
「ここは立入禁止だ、さ、帰りなさーー」
言いかけて、宗治は気づいた。
「坊や、い、今2人って言わなかったか?」
「うん」
いともあっさりと答える少年。
「ここには私しかいないがーー」
「そこにいるじゃん。見えないけど」
そう言って少年は一枚岩を指差した。
「分かるのか・・・?君は一体・・・」
宗治は目の前の少年に運命めいたものを感じた。
立入禁止のこの場所に突如現れ、ここにいる<もう1人>の存在を知りえるとは。
この子なら私の願いを託せるかもしれない、宗治は少年の頭を優しく撫でた。
「どうして泣いてるの?」
「・・・嬉しいからだよ」
そう言うと、宗治は知らず知らずのうちに溢れていた涙を軽く拭った。
「坊や、時々でいいからここへ来てこの子と喋ってやってくれないだろうか?」
「うん。俺でいいなら」
少年は無邪気に快諾した。
「坊や、名前は?」
「えとね」
桜吹雪が少年の言葉を掻き消す様に、激しさを増した。
「そうか、強そうないい名前だ」
宗治は少年を抱きかかえると、肩車をした。少年は素直にそれを喜び、宗治の肩の上で無邪気に笑った。
「また今度喋ろうねー!」
少年は一枚岩に向かって手を振った。

それから少年は毎日のように、糸紬丘に通い続けた。
宗治がしたように一枚岩にもたれかかっては、独白のような会話をした。
しかしそれから1年後、少年は通うのをやめることになる。
ある日を境に声が聞こえなくなったのだ。何度も何度も呼びかけたが、その日以降ぱったりと声はしなくなってしまったのである。
それは、紬町の支配者である桐崎宗治がこの世を去る、5年前の話であった。

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