1〜立入禁止

紬町のはずれに位置する紬神社の広大な敷地内には、糸紬丘(いとつむぐおか)という町唯一の丘があった。
桜の林に囲まれるように天辺に巨大な一枚岩が存在するこの丘、折りしも春先というこの時期は桜吹雪が鮮やかで、視界一面が幻想的な薄紅色に染まる。
しかし一般の町民がこの風景を拝むことはなかった。この丘が立入禁止だからである。
そんな無人の丘に、1人の初老の男の姿があった。
男の名は桐崎宗治。目尻の皺と口髭が威厳を感じさせる。
宗治は一枚岩を背に座ると、桜吹雪に飛ばされぬように山高帽のつばを押さえた。
「もうすぐ誕生日だな。何が欲しい?ーーそうか、そうだな、じゃあとびっきり綺麗なログハウスでも建ててあげよう」
宗治はこの1人の空間で、誰にともなく呟いた。
「え、ログハウス?ああ、丸太を組み合わせて作る家の事だよ。ーーそうか、嬉しいか」
まるで誰かと会話をしているかのように、宗治の独白は続いた。
独白の合間、宗治は満たされるように優しく微笑んだかと思えば、困ったような顔をし、空を見上げたかと思えば、地面に視線を落とした。
そしてその独白は、まるで赤子に聞かせているかのような響きがあった。
天気を話題に上げれば、太陽はどんな物でどういう色をしているかまで語り、
桜を話題に上げれば、ピンク色の花で花びらが雪のように舞って綺麗なんだよ、といった具合である。
そうやって終始穏やかに宗治は語り続けた。そしてあっという間に2時間が過ぎた。
「・・・もうそろそろ私は行かなければ。・・・すまない」
宗治は首を倒してそう呟いた。

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