31〜薄紅の奇跡

夜空に漂っていた薄紅色の粒子が、ゆっくりと舞い降りてきていた。奇跡の発生源だったこの場所は、粒子が噴き出すせいで免れていたが、封印された事で風もなくなってしまったようだ。
匠はゆっくりと凪に向かっていく。マリエルの慟哭が耳に届くが、もう語りかけてやれる言葉もなかった。
マリエルの気持ちは匠に理解できるものではなかった。ただ、世界を変えたいと願うその心は理解できた。
こんなものは自分の望む世界じゃないなんて、何度思った事か。自分の事を理解してくれる者などいなかったのだ、そう思うに至るのは必然であると言えた。
しかし望んだ世界はいつか手に入るものだと思っていた童心はもうない。現実を知った上で次に自分はどう向き合っていくのか、そういった境地に立たされた上で匠は選んだのだった。
自分を理解してくれる者を待つのではなく、また自分を理解させようとするわけでもない。自分を主張した上であとは誰が何を言おうと構わない、そう決めたのだった。それは随分と利己的で排他的だったが、ともあれ匠が生きていくのに充分な力となった。
そしてそこが、匠とマリエルの決定的な違いでもあった。
ふと指先にほんのり淡く光るものがまとわりついた。たった一つの奇跡の粒子だった。単体で降りてくる程にその数は少なくなっていた。
つられるように上を見ると、空はいつもの夜空の色をほとんど取り戻していた。その中に薄紅色の粒子が微かに斑模様に散りばめられている。まるで初雪の一片のように、奇跡の最後の生き残り達がゆっくりと辺りに降り注ぐのを、匠は吸い込まれるように見入った。
それは不思議な事に、一つたりとも地面に落ちはしなかった。
辺り一帯、もう葉もほとんど残っていない桜の木々に次々と薄紅色の粒子が吸い付いていく。
満開の桜のような景色が匠の視界を奪った。淡く光る粒子は自身の最期を悟っているかのように、緩慢な明滅を繰り返す。
祭りの後にも似た深々とした空気が場を包んでいた。マリエルもどうやらこの景色に気づいたようで、泣くのを止めて呆然とした顔を見せていた。
少しだけでもマリエルが救われたような気がして、匠は誰にともなく微笑んだ。
やがて端から、真ん中から、右下から、無作為に光は弱まっていき、<星の子の奇跡>はその短い命を下ろしていった。
たった一分程。
別世界が終わりを迎えていく。
夜闇に押し出されるように消えていく光の、最後の一つを匠はじっと見つめた。消えるまで、消えても、そこから目を離そうとはしなかった。
背後で土を踏む音がした。
一歩、また一歩と近づいてくる足音に、匠は顔を緩めた。
少し離れたところで足音が止む。
「ただいま」
とても優しい声。
肩越しに振り返る。
凪は微笑んでいた。
「ああ。おかえり」

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