24〜奇跡は誰のもの

不可視の力によって速度を倍化させて突立てた刃を、匠は更に奥へとねじ込んだ。より深く、より長く。
「ぐるぁぐるぁあー……っ!」
苦しみ悶えて翁が暴れ回る。匠は決して離すまいと背中にしがみついて踏ん張る。首に髪の毛が、腹に髯が巻きつき締め上げるが、それでも匠は離そうとはしない。
口がその髪の毛で塞がれる。元々乱れていた呼吸のせいで匠の脳は酸素を性急に必要としていたが、ここで刃を押さえている両手を離すわけにはいかなかった。
「う……おおおっ!」
匠は錆び付いたネジを回すかのように渾身の力を込めて刃を九十度捻った。
「ぐぁぐぁう!」
捻った事で心臓の奥、翁の胸側の肋骨と刃が平行になったようだった。柄が見えない程に突き刺さり、ついには匠の腕まで背中にずっ、とめり込んでいった。
「がぁぁぁぁぁぁあっ!!」
翁の胸から銀色の欠片がぷつっと覗かせると同時に、翁は一際激しくその身を暴れさせた。さすがの匠も放り出されて地面を転がった。
「凪っ!」
凪との距離が離れてしまい、匠はすぐさま起き上がった。今この場で翁が左腕を軽く振るうだけで、凪の命は露と消えてしまう事だろう。
翁を間に挟むこの位置では凪を助ける事は出来ない。
「翁ぁぁっ!」
しかし。
「ああ……あぁ……」
翁は脳神経を犯されてしまった者のように微かな呻き声を漏らすと、きびすを返して匠の方へと向かって歩いてきた。
「なんだ……?」
翁の奇怪な行動に半身の体勢で身構える。懐に入れた手にはヨーヨーを握りしめながら。
一歩一歩鳥足をぎこちなく前に出して近づいてくる。鳥足は引きずるという行為が出来ない関節構造の為、ひどく歩きにくそうだった。
匠は近づいてきた翁に先手必勝とばかりにヨーヨーを繰り出した。
見えてはいる筈だった。耳障りな唸りを上げて迫るヨーヨーを、しかし翁は避けようともしなかった。鈍い衝撃音と反比例して翁の巨体が大きくのけぞる。尾のおかげで倒れずには済んだようだ。
「私、の──わ、た、し、のおおおおおおお」
何を言っているのかまったく匠には理解できなかった。大声で翁はそう叫ぶと、大きく振りかぶって一足飛びに匠を大きく飛び越えた。狙いはマリエルという訳でもないようである。
穴の淵に翁は着地した。衝撃が地面を伝わって、マリエルを揺さぶる。
「うぅ……ん」
失いかけた意識を取り戻してマリエルが肘を立て軽く身を起こした。
翁と匠、二人を交互に見比べて、マリエルも事態の異変に気がついたようだった。
「もう終わったよ」
匠に視線を向けると、翁に目を向けたままで匠がそう言い漏らした。
「奇、跡はぁああ、私のものであるうぅ!」
拳を地面に叩きつけて翁が絶叫した。
「私の、ものよ」
マリエルが小さく、けれども力強く言い返した。
「いいや、貴、様ら、には決して……やらん、わ」
翁の身体が一度大きく揺れた。そして、怪物の身体を有した翁は縦穴へと、その身を自ら堕としていった。

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