2〜踏み越えて

昼下がりの紬町を匠は一人疾駆する。犬を散歩させている女性やサラリーマンの二人組、早引けしたのかランドセルを重そうに背負っている男の子とすれ違うが、血まみれの匠を見ても誰一人関心は示さない。それは匠が治外法権を持っている事は誰もが知っており、関わりたくないからなのだが、その事を踏まえても、あるいは差し置いたとしても別段問題はなく──町はいつも通り平和な時を刻んでいた。
「ねえ匠、急がないといけないのは分かるけど、その脱臼してる腕……治さなくていいの?」
懐に忍ばせたピエロの操り人形、ピエトロ君が少しだけ顔を出して心配そうに匠に問いかける。
「ああ、大丈夫。すぐに治すアテはある。でもこのままの方がいいんじゃないかって俺は思ってるんだ」
「どうしてだい?」
「はたから見たら不完全っつーモノの方が俺は力を発揮できるからねー」
「あ、なるほど」
と、前方に野良猫が現れた。猫は一直線に向かってくる匠に驚いて大慌てで逃げ出した。
(何だ? 随分と足の遅い猫だなあ)
行く手を軽く邪魔されて少し苛立つ匠は脱臼、そして手のひらに風穴が開いた右手を押さえた状態で、その猫を抜き去った。背後を一瞥すると、猫は止まって呆然とした目を向けていた。
「やけにのろかったな、今の猫」
「それは……匠自分で言ってたじゃん」
ピエトロ君の言葉に首を傾げる匠。
「んーまあいいや。とにかくピエトロ君にも最高の世界見せたげるからねー。もう少し待っててねー」
その為に自宅に寄ったのだった。自分を変えてくれたピエトロ君には今から起こる出来事を見せておきたかったのだ。
桐崎邸に勝るとも劣らない広大な敷地を誇る紬神社へと踏み入る。
正面ではなく雑木林のまま放置されている西側からである。ここを抜けると、春には色鮮やかな別世界を形成する桜の林が広がる。
つまりは一番の近道である。
匠の目に、色褪せた桜の木が飛び込んできた。

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