22〜抗うシルエット

身体が仰向けになる。鼻先を見るような目線で地上を望むと、翁が身体の芯から咆哮して身体をわななかせ跳躍した。
「穿つ光の雫(ラプトリアル・ドロップス)──きゃうっ!」
力を放つよりも先に翁の白い髪の毛がマリエルの肩口を貫いた。
想像力が掻き消え、創造力が失われる。
「まだ……っ!」
翁はそのまま空中でマリエルに馬乗りになるように身体を密着させてきた。
「死ね!」
口調すら変わって翁がマリエルの身体を抱きこんだ。確実に殺そうと押し潰すつもりなのだろう。
人間のものではない筋肉に四肢を締めつけられながらも、マリエルは叫んだ。
「まだまだまだ──ッ!!」
「そうだ! まだだっ!」
翁の肩越し、薄暗い太陽にシルエットが浮かび上がる。
影が一瞬にして視界一面に広がり、格子模様がはためいた。
「匠──」
「うおおおおおおおおっ!!」
影──匠が手に持っているモノを力いっぱい翁に振り下ろした。
「あ……がぁぁぁっ!」
それは片刃しかない鋏だった。頚椎の部分深くに突き刺さり、丸みを帯びた柄の部分だけが取っ手のように覗いている。
「まだだ!」
匠が目配せをした。それだけでマリエルは次に自分が何をすればいいのか、理解した。
空中にいる間に。
「常緑樹の涙(エヴァーグリーンズ・エンド)──」
翁に不敵な笑みを向けて、頚椎の鋏の根元を優しく撫でながら詠唱する。
鋼の肉体を持った翁のアキレス腱。傷口を伝って翁の内部へと創造力が流れ込む。
翁の筋肉が一瞬収斂した。
「おぶごぶぉっ!」
人間には出せないような声を張り上げ悶え苦しみながら怪物の全身が破裂した。白目を剥いて落下していく。
「マリーっ!」
翁の身体の上から匠が手を伸ばす。マリエルは感覚の鈍い腕を伸ばしてなんとか手を取った。
落下する寸前で匠はマリエルを抱え、翁を踏み台にしてもう一度跳躍し着地した。
「きぃさぁまぁらぁー」
全身の血管が破裂したせいで、何十本もの血の筋が伸びた翁が怒りに声を震わせる。
しかし傷は深いらしく、立ち上がったが身体がぐらついていた。
「もうお前に奇跡を望むことは出来ない」
匠はそう言い放つと、マリエルを地面に横たわらせた。
「奇跡は私のものだぁっ!」
翁が飛んだ。
「吼えてんじゃねえ!」
匠も真っ向から向かっていく。手にしたのはもう片方残った鋏の刃。指で回転させながら、翁とすれ違う瞬間に握りしめ突き出す。
翁の拳が頬を掠める。
その瞬間、匠は翁の拳に意志が感じられない事に気づいた。
「フェイクか──」
翁の狙いはマリエルだった。匠は立ち止まり嘆息すると、糸を結ぶような動きで両手を動かした。
「死ねマリ──」
振り下ろしかけた翁の左腕が、その途中ではたと止まった。
「う──」
額に筋が浮き上がるほどの力を込めても、腕はそこから前には進まなかった。
「馬鹿が」
吐き捨てる匠。翁との間に小さな線が閃いていた。その先にはピエトロ君がしがみつくように、翁の左腕に絡まっていた。

<<前目次次>>
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送